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【4回】料理と酒と粘度

「日常生活と粘度」をテーマに、これまで3つのコラムを掲載してきました。
今回はこのシリーズの番外編として、「柔らかいネタ」で締めくくりたいと思います。

「マヨネーズ」とは何者か?

味には、化学的な味と物理的な味があることを1回目のコラムで紹介しました。
物理的な味とは主として食感によって構成されるもので、テクスチャと呼ばれています。このテクスチャをいかに「美味しそうに」仕上げるか、それが現代の加工食品では非常に重要な問題となっているわけです。
さらには、食品成分が違うにもかかわらず、マジックのようにテクスチャをコントロールすることで、モデル食品と「同じ味」を作り出すことにも活用されています。
これは例えば、カロリーを減らしながら同じ味、食感が楽しめるということです。

さて、「マヨネーズ」という調味料があります。「マヨラー」という言葉が生み出されるほど、熱烈なファンを獲得している存在ですね。
ところがちょっとだけ残念なことに、カロリーが高いというウィークポイント(もちろん、気にしない人もいますが)があります。
そこで生み出されたのが、”カロリー半分”や”カロリー70%カット”といったマヨネーズ。
植物油等の使用量を控えることで、カロリーをコントロールしたものです。
「味」は同じでカロリー控えめ、いいことづくめのマヨネーズですね。
ところがこれ、実はマヨネーズではないのです。
もしお手元に、まだパッケージに入ったままのカロリーコントロール・タイプのマヨネーズありましたら、ぜひ食品表示欄をご覧になってください。
食品名には、「クリーミィー(タイプ)・ドレッシング」などと標記されているはずです。
“普通のマヨネーズ”は、ちゃんと「マヨネーズ」と書いてありますから、JAS規格上、これら2つは全く別な種類の食品なのです。
JASでは「マヨネーズ」と表記してよい食品構成がきちんと決まっており、油分については65%以上となっています。
「油分50%カット」ではダメなのです。

とはいっても、「化学的な味も食感も、同じじゃないか」というのが一般的な感覚でしょう。
実際、おそらく大多数の人には、両者の区別などつかないはずです。
カロリーが半分だろうが、70%カットであろうが、マヨネーズはマヨネーズです。

しかしながら、よくよく考えてみると、油分がすくないのに同じ食感というのはおかしいですね。
答えは、増粘剤。絶妙なテクスチャー・コントロールがそこに施されているわけです。
例えれば、顔はそっくりだけど兄弟ではない2人。
実生活なら、何かとまずい場面が生じるかもしれません。
確実に見分けるには、現代では「DNA鑑定」ということになるのでしょう。
これが食品の世界では、そこまで大掛かりなことをしなくても、粘度計測で両者の違いを浮き彫りにできます。
食品成分が違えば、当然、粘度特性は異なります。
いくらそっくりさんでも、素性の違いは明らかになるのです。

「天ぷら」を科学するポイント

今度は、調理と粘度のお話です。

料理人の腕がものを言う食べ物といえば、天ぷらもその1つ。
材料は、ネタと粉(に水)と油。ネタに粉をつけて揚げるだけという極めてシンプルな作り方のなかで、ネタの持ち味が最大限に生きるよう職人さんは腕をふるっています。
家庭で作るとどうしても、衣が油を余分に吸い込んだ、ボテっとしたものに仕上がりがちです。
そこで、店で食すようにはいきませんが、せめてカラっと揚げるのに、粉と油に気を配るぐらいは家庭でもできます。

1つ、粉は薄力粉より扱いやすい「天ぷら粉」を使うこと。
2つ、揚げ油は、できるだけ新しく、油ぎれが良いタイプの油を使うこと。

そもそも天ぷらとは、衣の中の水分が揚げ油と交換されて表面はからっとしながら、中身のネタは蒸し焼き状態になり、うま味が凝縮された料理です。
まず、水分と油のスムーズな交換を邪魔するのが粉の状態。
いわゆる「ダレた衣」というものです。
小麦粉を水で溶く時に、水の温度が高かったり力任せにこねたりするとグルテンを生じます。
このグルテンが水←→油交換の邪魔をします。
グルテンの生成を抑えるためには、冷たい水で少しずつ溶くこと、ベーキングパウダーを入れたり、タンパク質の比率が低い専用の「てんぷら粉」を使用する、などがあります。

某社の天ぷら粉は、「小麦粉はもちろん、パンプキンパウダー(特許取得済)や卵粉、ベーキングパウダーや乳化剤など」を混合したものだそうで、カラッとした天ぷらを作るため、製粉各社も技術を競っているのです。

一方の揚げ油、せっかくサクっと仕上がっても、油切れが悪いと元の木阿弥です。
そのため、できるだけ”疲れていない”新品の油を使うこと。
最適な温度で揚げることが重要なのだそうです。
揚げる技術の要諦は、1にも2にも油の温度管理と言われます。
適温(ネタの種類によって上下10℃ほどの幅があるものの、通常180℃前後)を保って揚げること。
温度が低いと油の粘度が高く、べタっとしたものに仕上がります。
では、高温でガーっと揚げてしまえばいいのかと言うと、確かに油の粘度は下がりますが、腕が伴わないと「衣は焦げて中はナマ」という、これまた食すに値しない結果を生じやすいのです。
そればかりでなく、油の酸化を進めてしまいます。
さらに言えば、何度も使用した油も酸化によって劣化が進み、粘度が上がります。
結果、あぶら切れの悪い、胸焼けしそうな天ぷらとなってしまうのです。

日本を代表する伝統料理も、”科学フィルター”を通すと、そこに粘度コントロールという技術要因が入っていることがお分かり頂けるでしょう。

「コクがあるのにキレがある」の難題

天ぷらで一杯、これもまた「日本人に生まれて良かった」という至福を味合わせてくれる組み合わせ。
日本酒もいいですが、キリッとしたビールはあと口をすっきりさせ、ついつい揚げたてを食べ過ぎてしまいます。

では、お酒と粘度について少し見ていきましょう。
お酒はアルコール分や含有エキスによって、水とは違うお酒ならではのテクスチャーを持っていますね。
のど越し具合など、粘性の違いとしてとらえることができそうです。
そこで、お酒の種類ごとに粘度のサンプル測定してみると(恒温槽内で20℃)、ウイスキー(アルコール度数43) →3mPa・s、日本酒(同 19以上20未満) →2.52mPa・s、ワイン(同 11) →1.84mPa・s、ビール(同 4.5) →1.67mPa・sという値がえられ、アルコール濃度の高いものほど粘度は高くなることが分かります。

ところが面白いことに、粘度はアルコール度数に比例して上がっていくのかというと、そうはならないのです。
エチルアルコール水溶液による計測では、濃度が45%付近で最高値の2.9mPa・sに達した後、以降は次第に減少していきます。
アルコール水溶液の粘度はアルコール分子と水分子が水素結合により会合を起こすために増大していきますが、アルコールが一定濃度で飽和状態になるとそれ以上の会合は行われず、純アルコール分子が増加するだけ粘度は減少していくのです。
アルコール度数が高いお酒が、必ずしもトロっとしたテクスチャーを持つわけではないのです。

さてここで、コクとキレの話。日本中にドライブームを巻き起こしたあのビール、ここで2つの点に着目してみましょう。

1つは、「スーパードライ」が小売りビールの標準的アルコール度数を上げた点。
それまで、ほとんどの製品は4.5%程度でした。
ところが、”ドライ”を標榜したあのビールでは、アルコール度数は従来より高目の5%にされました。
今ではほとんどの標準的ビールが5%以上になっています。

2つ目の着目点が、「コクがあるのにキレがある」を達成したことです。
アルコール度数が高くなると、同時に粘度も高まるのは先程述べた通りです。
度数を高めることは、結果としてコクを高めることにつながっていますが(発泡酒の場合、そうとも言えません)、一方でノド越しのキレは悪くなります。
これを解決しなければ「コクがあるのにキレがある」とはなりません。
「炭酸圧を高めにして~」など諸説言われましたが、実際のところは企業秘密。
ともかく難題を解決したからこそ「スーパードライ」がトップの座を勝ち得た、ということだけは確かです。

最後になりましたが、粘度は温度によって変化することをもう一度思い出して下さい。
温度が高くなれば粘度は低く、温度が低くなれば粘度は高まります。
日本酒で言えば、冷やで飲むより熱かんにした方がサラサラと入る。
それでつい、飲み過ぎてしまうんですな。

次回からは、「接着剤と粘度」をテーマとしたシリーズをお届けしていく予定です。

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