【8回】美しいプリント
日常生活の中で、粘度計測が活用されているモノ、事柄について取り上げていく本コラム、今回は”インク”がテーマです。
身近なインク製品といえば、すぐにボールペンが思い浮かぶと思います。
ボールペンの仕組みや書き味は、まさに粘度コントロールの成果が生かされているものです。
一方ここ数年、急速に身近となったインク製品がパソコンのプリンタ(インクジェットプリンタ)です。
この種類のプリンタは、その名の通り的確に管理されたインクを使って、今や、写真と見まがうほど美しい色や高精細な表現を可能にしています。
そうしたインクを作るためには、やはり粘度が重要なカギの1つになっています。
今シリーズでは、このインクジェット・プリンタのインクにフォーカスをします。
ボールペンの「滑らかな書き味」をめぐる歴史
インクの特徴を理解するために「ボールペンの書き味」を例にしましょう。
使用実感がありますから、感覚的な理解が進むと思います。
ボールペンの種類・その書き味は、そのインクの組成によって3つに大別できます。
まずはボールペン発明初期の時代。
ボールペンのアイデアは19世紀末には既にあったようですが、実用化されたのは1943年、ハンガリー人の新聞の校正係・ラディスラオ・ピロの手によります。
この時のインクは、高粘度の油に染料を溶かし込んだものでした。
金属ペンと比べると格段にすらすら書けたものですが、インクが固まりやすい、裏写りや水に流れやすいなどの欠点がありました。
次いで水性インクが登場します。
低粘度という性質からインクのボタ漏れ対策などが難しかったようで、本格的に実用化したのは、ぺんてる(株)の「ボールPentel」(国内発売は1972年)が最初だそうです。
チップ(ペン先)を樹脂にしたこの水性ボールペンは、従来とはまったく違う書き味を実現しました。
すこし年配の読者の方は、初めてボールPentelで書いた時の感覚を、ちょっとした驚きとして覚えておられるのではないでしょうか?
そしてさらに、「書き味はそのままで、滲みや液漏れしにくいインクはできないか」、そんな取り組みが続きます。
さまざまなアプローチの中から誕生してきたのが水性ゲルインキボールペン。
1984年に(株)サクラクレパスが世界で初めて開発した「ボールサイン」です。
これはまさに、粘度の特徴(チキソトロピー性)を巧みに利用したもの。
ペンの中では油性のように高粘性(ゲル状)をもって安定していますが、書く時にはボールの回転によって大きな”ずり”が加えられ、粘度が下がって水性インクのような滑らかな書き味を作り出します。
それだけでなく、紙へ染み込んだ時には再びゲル化するため、滲みの無い筆跡を作り出せるのです。
インクジェット・プリンタの仕組み
家庭用インクジェット・プリンタの高性能化は、実は、ボールペン革新の歴史に通じるものと言えます。
成果(プリントアウト)から見ると、発色が良く耐環境性(水濡れによる滲みや、光・ガスによる退色など)に優れる必要があること。
またハード的には、例えば均一なインク滴が生成できること、などが求められます。
では、こうしたインクジェット・プリンタに適したインクとはどのようなものでしょうか。
まずはプリンタの仕組みから見ていきましょう。
インクジェット・プリンタとは、微細なインク滴を高速で紙に吹きつけてプリントを行う方式のものです。
このインク滴が紙に染みた点をドットと言い、この微小なドットを連ねたり敷き詰めることで文字や画像を形成します。通常の印刷のように、版に付けたインクを直接紙へ接触させ転写するのではなく、インク供給部(ヘッド)と紙が非接触、つまりヘッド内のノズルからインクを吐出させるという点がインクジェットプリントの大きな特徴と言えます。
インク滴の飛ばし方は大きく2つ、電気信号によって金属板を変形させてはじくもの(ピエゾ方式)、熱により気泡を発生させて押し出すもの(バブルジェット、サーマルジェット)があります。
このプリンタによる品質は、上で見たインク吐出部の精度、インクおよびプリント用紙(普通紙、コート紙、印画紙など)の性質に規定されます。
中でも、最近はインクの高性能化が特に著しく、厳密に用紙を選択しなくとも鮮やかなプリントが実現できるようになっています。
染料と顔料はどう違うのか
インクは溶媒、着色剤の差異によって種類が分けられます。
これはボールペンもプリンタも同様です。
単純に言って、溶媒が油のものを油性インク、水(水性ゲルも含む)のものを水性インクと称します。
そして着色剤の違いから、水性染料インク、油性顔料インクなどと分類されます。
そもそも、染料と顔料はどう違うのでしょうか?
どちらも同じ着色素材として機能するものですが、染料は単分子構造で、水や油といった溶媒に溶け込んでいます。
そして溶媒が紙などに染み込むことによって着色するものです。
一方、顔料は溶媒に溶け込まずに粒子状態で溶媒に存在し、この粒子自体が発色するものです。
こうした構造の違いからそれぞれインクとしての特性が違ってきます。
溶媒に溶け込む染料は発色の良さ、階調再現性に優れています。
ただ、プリント対象物に染み込むことから水に濡れた際には滲んでしまうこともあります。
また光などの環境負荷に弱く、退色しやすい欠点を持ちます。
逆に顔料は安定した分子構造のままプリント対象物に固着するため、耐水性・耐光性が良く、水の浸透によっても滲み難いプリントとなります。
現在のところ、家庭用インクジェット・プリンタでは染料インクが多く使われています。
なぜでしょうか?
1つには染料インクは均一性が良く、微細な水滴として吐出するインクジェットの構造に適しているからだと言えます。
つまり、粒子が溶剤に存在する顔料インクは溶液としての安定性が悪く、粒子によってノズルの目詰まりを起こしやすいといった欠点を持つからです。
しかし、顔料インクでの発色も向上してきたこと、なによりプリント後の保存性に優れることから、徐々に顔料インクの採用が進んできています。
さて、ここでようやく粘度コントロールが登場します。
それもかなり難しい部類の、微妙なコントロールを要するものです。
インクをスムーズに吐出するには粘度は低い方が良い。
一方、顔料を使ってプリント物の安定性を高めるのであれば分散安定剤の使用が不可欠となり、粘度は上がってしまう。
プリンタやインクの製作サイドでは、この相反する課題の解決が求められるのです。
次回は、これらの情報についてまとめてみます。